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見習い魔術師

見習い魔術師

     第八章

第八章

中庭にいたヨシュアが見たのは、心なしか顔を少し青ざめ、足早に戻ってくるフィリルだった。
「あ、フィリルさん」
いつもながらに平和な雰囲気を漂わせて、ヨシュアが声をかけた。
「お話し、終わ・・・」
しかしフィリルは、その口元を固く結んだまま、微笑んでいるヨシュアの横をいつもなら有り得ない様子ですり抜けた。
だが、ヨシュアはその様子を全く気にする様子もなく、後にふわり、ふわりと飛んできたリースに、口に出かかっていた言葉をそのまま告げた。
「・・・ったんですか?」
「・・・は?」
もちろん、中途半端に口にされた言葉が伝わるはずもなく、リースは思いっ切り抜けたような声を出した。
「どうかしたの?」
リースの反応にヨシュアは首を傾げた。
「何、リース?<は?>って・・・」
「いや、私が聞きたいんだけど・・・。何?」
多少脱力を感じながら、リースは再び聞き返した。
「聞きたいって?」
「だーかーらー!!もう一回言っててコト!!」
「ああ!」
やっとヨシュアに言葉が通じたらしい。
その様子にほっとしながら、リースは小さくため息を付いた。
「ううん、話し、もう終わったのかなって」
「ああ、そのこと。ええ、終わったわよ・・・。ところで、ね、ヨシュア・・・」
リースは探るようにヨシュアを見つめた。
「ハーメルって・・・、誰?」
「ハーメルさん?」
ヨシュアは少し首を傾げたものの、すぐに返事を返してくれた。
「ああ、リースは知らないんだよね。ハーメルさん、昔ここにいたんだ。僕がもっと小さい頃に出て行っちゃったけど。修行って言ってたけど・・・多分、放浪してるんじゃないかなあ・・・。でも、どうしてハーメルさんのこと知ってるの?」
ヨシュアは懐かしそうに言いながら、今度はリースに尋ねた。
「え?ああ、うん」
突然に自分に質問が振られ、リースは少し戸惑った。
「その、森が、人を入れたみたいなの・・・」
黙っていたところでどうにかなるものでもないので、この際ヨシュアに全て伝えておいた方が無難だろうと、リースは踏んだのだ。
「へぇ、森の意思で?珍しいなぁ・・・。でも、それがどうしたの?」
案の定、意外そうな、だがどこかのんきな声を出すヨシュアに、リースは語尾を濁し気味に言った。
「だから、そ、その侵入者っていうのが・・・」
「ハーメルさん」
ヨシュアが助け舟を出すように最後を繋げた。
「へぇぇ・・・。確かに、フィリルさんが慌てるわけだぁ。あ、そっか。リース達にはやっぱり、不法侵入者ってことになっちゃうんだっけ」
リース達のような、元からの森の住人は、森に足を踏み入れる、外から来る最も知能の高い生き物・・・つまりは人間の事を、「侵入者」と呼ぶ。それが例え、森が赦した者であっても、だ。
本来、人里を離れたところに住む、妖精や精霊のような自然の中で命を宿す物たちは、人間のように自ら進化を遂げていく生き物を嫌う。進化すれば、それだけ独占欲が強くなり、凶暴な、残忍な性質を合わせ持つものと思っているのだ。その点、「惑わしの森」に命を宿したものは、森に人間が住んでいる事を知っているだけ、人間には友好的である。しかしながら、全ての人間が森に居を構える人間と同じだとは、微塵も思っていない。それが、外の人間に多少なりとも警戒心を持たせる原因となるのだ。・・・こ
とに、いつもならば柔らかなその態度を変える事のないフィリルが、その表情を崩したとなれば。
「懐かしいなぁ・・・。それじゃフィリルさん、また大変なことになるんだろうなぁ」
「どういうこと?」
危うく聞き流しそうになり、リースはもう一度ヨシュアに聞き返した。
「フィリルが慌てていたのって、やっぱりハーメルって人が原因なの?」
(それって、やっぱり・・・)

森 ニ 害 ヲ 及 ボ ス ・ ・ ・ ?

「違うよ」
まるでリースの胸の内を読んだように、ヨシュアが微笑んで言った。
「多分、リースが思っているのとは違うよ。ハーメルさんは、危ない人じゃない」
「じゃあ、なんでフィリルはあんなに慌ててたの?血相変えて・・・」
「それがね、フィリルさん・・・」
ヨシュアはくすくすと笑いながら、リースにその理由を教えてくれた。すなわち、フィリルがハーメルを苦手とする訳。
ようは、こういうことなのだ。
昔、ハーメルがフィリルを見たときから、何故か特別視・・・というか、思ったことをそのまま独特な呼び方にしたのだ。―――「嬢ちゃん」、と。
これでも、初めよりは随分とマシなものなのだ。なにせ、彼が付けた初めてのフィリルの呼び名が、「姫さん」なのだ。もっとも、彼の性格が素直なのも、少なからず原因だろう。彼がフィリルを見た瞬間に発した言葉が、「あの姫さん、誰?」ときたのだから。まあ、言葉がその人の性質を表すというのが本当なら、ハーメルというのは些か性格が大雑把と捉えることが可能だろうか。まさにそのような性格なのだから。例えば、仮に本気でなかったにしろ、一応「姫」という言葉を発する上で、あえてそれを「お姫さん」という辺りが・・・。
初対面の人物にいきなり「姫さん」といわれても、フィリルの腰が引けるのは当り前だろう。後、数十回という交渉の末、それと同じだけの呼び名がハーメルによって考案されたが、「嬢ちゃん」に辿り着いた頃には、フィリルはもう精根尽き果てたといった状態で、それ以上のことを求めるのは苦しくも断念したのだ。それ以来、フィリルはハーメルを苦手としているのは言うまでもない。それにしても、自分に宛がわれた呼び名を交渉せねばならないようなフィリルに、少しばかり同情もしたくはなる。
「・・・ってことは、それがフィリルの慌ててた・・・ってか、引いた原因なのね?」
リースは確認するように言葉を口に乗せた。
「なんか、同情しちゃうわ・・・」
しみじみと言うリースに、ヨシュアはまだ笑いが収まり切らないようにくすくすと声を漏らした。
「んで、そのハーメルさんってのが・・・」
「ヨシュア!!」
頭上から降ってきた声に、ヨシュアとリースは空を仰ぐ。
「いいですか!?私はここに居ませんからね!!リースも!!分かりましたかっ!?」
切羽詰ったような声に、ヨシュアは手を振る事で応えた。
「・・・すごい動揺してるわね・・・。あんなフィリル、初めて見た・・・」
それを確認するよりも早く、フィリルはその姿を引っ込ませる。
その光景をただ呆然と見ていたリースは、知らず知らずに思ったことが口から出る。
「前は、いつもこんな感じだったんだ」
呆けたようにいうリースにヨシュアは笑って応えた。
「とにかく、フィリルをあんなに慌てさせる奴を見るまでは引けないわね」
真剣に・・・というよりは、幾分自分の退屈感を満たす為のように見えなくもない表情で、リースはゆっくりと言った。




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